過去に「お尻が使えない」として、殿筋の機能不全と代償構造を整理しました。 殿筋が使えないのは筋力の問題ではなく、骨形態と肢位の問題であるという話でした。
今回は股関節の内側、内転筋群を扱います。
「内ももを引き締めたい」「内ももが使えていない」という相談は、現場で非常に多く聞かれます。 そこでボールを挟む運動や、脚を閉じる運動を入れる。しかし立って歩くと内ももは使われていない。脚の形も歩き方も変わらない。
これは内ももの「閉じる力」が足りないのではありません。
本講義では、内転筋群が本来どんな役割を持つ筋なのかを整理し、「使えない」状態の構造と、再現性のある改善の考え方を提示します。
よくある誤解
現場でよく見られる対応は、
- ボールやクッションを膝で挟んで押しつぶす
- 横向きで下側の脚を持ち上げる運動を繰り返す
- 「O脚は内ももが弱いから」と内転筋を強化する
これらは間違いではありません。ただし、内転筋を「脚を閉じる筋」としてだけ捉えている限り、立位や歩行で使える内ももにはなりません。

多くのトレーナーが見落としがちなのは、内転筋群は「閉じる筋」である前に「骨盤を支える筋」であるという点です。
日常生活で、脚を力いっぱい閉じる場面はほとんどありません。一方で、片脚で体重を支える場面は歩行のたびに訪れます。内転筋が本来の仕事をしているのは、むしろこちらです。
挟む運動で収縮を感じられても、片脚で骨盤を支える場面で働かなければ「使えている」とは言えません。
本質の再定義
「内ももが使えない」は閉じる力の不足ではなく、骨盤を支える役割を果たせていない状態です。
内転筋群は、恥骨筋・長内転筋・短内転筋・大内転筋・薄筋の5つで構成されます。股関節周囲で最大の体積を持つ筋群であり、それだけの筋量が「脚を閉じる」ためだけにあるとは考えにくい。
実際、内転筋群はいくつもの役割を担っています。
① 大内転筋は股関節を伸展する 大内転筋のうち、坐骨結節から大腿骨の内転筋結節へ走る後部の線維は、ハムストリングスとほぼ同じ走行をしています。そのため股関節の伸展に強く働き、「第4のハムストリングス」とも呼ばれます。立ち上がりや階段で、大殿筋と並んで身体を押し上げる筋です。

② 長内転筋は角度で働きが変わる 長内転筋は、股関節が伸展位にあるときは屈曲を助け、深く屈曲した位置からは伸展を助けます。歩行やスクワットの中で、局面によって役割を切り替えています。

③ 中殿筋と組んで骨盤を左右から支える 片脚立ちでは、外側の中殿筋と内側の内転筋が両側から骨盤を支えます。どちらか一方だけでは骨盤は安定しません。

つまり内転筋群は、前後・左右の両方向で股関節と骨盤を支えている筋群です。「閉じる」はその中のごく一部にすぎません。
原因(構造と連鎖)
内転筋が骨盤を支えられなくなる背景には、3つの要因があります。
① 外側との協調の崩れ
片脚立ちで骨盤を支えるのは、外側の中殿筋と内側の内転筋の「綱引き」です。両者が同時に働くことで、骨盤は水平に保たれます。
ところが外側の大腿筋膜張筋(TFL)が優位になると、この綱引きのバランスが崩れます。外側に頼った支え方が定着すると、内側の内転筋は動員されにくくなり、骨盤は左右に揺れやすくなります。
② 股関節の肢位の偏り
内転筋が力を出せるかどうかは、股関節がどの位置にあるかで決まります。
つま先と膝が外を向いた立ち方(外旋・外転位)では、内転筋は常に伸ばされた状態に置かれ、力を発揮しにくくなります。逆に膝が内に入る立ち方(内旋位)ではTFLが優位になり、内側の筋はさらに使われなくなります。
どちらの偏りでも、内転筋が働ける「中間位」が失われています。過去に扱った殿筋と同じく、筋力の前に肢位の問題があります。
③ 骨盤底筋・腹圧との協調低下
内転筋群は、骨盤の下部(恥骨・坐骨)から起こります。この部位は骨盤底筋の付着部と隣り合っており、内転筋と骨盤底筋は協調して働くことが報告されています。
腹圧が抜け、骨盤底筋が機能していない状態では、骨盤の下からの支えも弱くなります。内ももの収縮だけを高めても、骨盤全体の安定にはつながりません。
連鎖の流れ: 外側優位・肢位の偏り・腹圧の低下 → 内転筋が働ける中間位を失う → 骨盤を内側から支えられない → 片脚支持で骨盤が揺れる → 外側の筋がさらに優位になる
この連鎖を断ち切るには、内ももを鍛えるのではなく、内転筋が骨盤を支えられる状態を先に作る必要があります。挟む運動を続けても変わらない理由がここにあります。
評価視点
現場で使える評価は3つです。
① 片脚立位での骨盤の動き
片脚で立ち、骨盤が支持脚側へ横に流れないか、反対側に落ちないかを正面から確認します。
骨盤が外へ流れる場合、内外の協調が崩れています。外側の筋に頼って支えており、内転筋が骨盤の支持に参加していないサインです。
② スクワットでの膝の向き
スクワットで膝が外へ開く、または内に入るかを観察します。
膝が外へ開く人は外旋・外転位に偏っており、内転筋が伸ばされたまま働けていない可能性があります。膝が内に入る人は内旋位でTFLが優位になっている可能性があります。どちらの方向に偏っているかで、作るべき肢位が変わります。
③ ボールを挟んだときの動員
仰臥位で膝を立て、両膝の間にボールを挟んで軽く押してもらいます。見るべきは押す力の強さではなく、どこに先に力が入るかです。
内ももより先にお尻を締める、腹部を固める、息を止める場合、内転筋の単独での動員が弱くなっています。ここで内ももに収縮を感じられるかが、次の段階に進む前提になります。
この3つを組み合わせることで、「内外の協調 × 股関節の肢位 × 動員」という軸で原因を整理できます。
改善の考え方
改善の順序は以下の通りです。
① 内転筋が働ける肢位を作る
まず股関節を中間位に戻します。外旋位に偏っている人は膝とつま先を正面へ、内旋位に偏っている人は膝が内に入らない位置へ。内転筋が伸ばされすぎず、縮みすぎない位置を見つけることが出発点です。
② 腹圧と協調させながら内側の収縮を感じる
肢位が作れたら、呼吸を止めずに内ももの収縮を感じる練習をします。息を吐きながら内側に力を入れることで、骨盤底筋や腹圧と協調した収縮が作りやすくなります。
ここでは強く押す必要はありません。内ももに力が入っている感覚をつかむことが目的です。
③ 外側と同時に働かせて骨盤を支える
内側の感覚ができたら、外側の中殿筋と同時に働かせます。内と外が同時に働くことで、骨盤を両側から支える本来の機能が再現されます。
④ 荷重動作へ統合する
最後に、立位・荷重下で内転筋が働くかを確認します。片脚で骨盤が揺れなくなること、スクワットで膝の向きが安定することが改善の目安です。
やりすぎないことも重要です。内転筋は強く収縮させると股関節が詰まったり、鼠径部に負担がかかったりすることがあります。感覚と協調を優先し、強さは最後に積み上げます。
重要なのは、この順序を守ることです。
肢位が偏ったまま強化すると、外側優位のパターンは変わりません。 肢位を作り、感覚を作り、内外の協調を作り、荷重へ統合する。 この流れが崩れると、何度鍛えても「使えない」状態が続きます。
エクササイズ
動画ではここで紹介した概念に基づいたエクササイズと、肢位別のアプローチを解説しています。
アダクターPB
目的 股関節中間位で内転筋の収縮を感じる。外側の筋に頼らず、内側だけで脚を動かす感覚を作る入口の種目。
動作の要点 横向きに寝て、上側の脚を前方に置き骨盤を安定させる。下側の脚をまっすぐ伸ばしたまま、息を吐きながら内ももで持ち上げる。下ろす局面もゆっくりコントロールする。
よくあるエラー
- 骨盤が後ろへ倒れて脚が前に出る
- つま先が上を向き、股関節が外旋する
- 高く上げようとして腰で代償する
指導ポイント 高さより「内ももで持ち上げている感覚」を優先する。つま先は正面に向け、股関節を中間位に保つ。呼吸を止めずに行う。
サイドブリッジAD
目的 内転筋と外側の筋を同時に働かせ、骨盤を両側から支える機能を作る。片脚立ちでの骨盤の安定に直結する種目。
動作の要点 横向きで肘をつき、上側の脚の内側を台や床に乗せる。上側の脚の内ももで台を押しながら、骨盤を持ち上げて体幹を一直線に保つ。
よくあるエラー
- 骨盤が落ちて体幹が「く」の字になる
- 肩がすくみ首に力が入る
- 骨盤が前後に回旋する
指導ポイント 「内ももで台を押し、骨盤を下から持ち上げる」意識を伝える。体幹は頭からかかとまで一直線。保持時間は短くてよいので、骨盤の位置を優先する。
ワイドSQ
目的 荷重下で内転筋を伸ばされながら働かせる統合段階。骨盤を支えたまま股関節を曲げ伸ばしする能力を作る。
動作の要点 足を肩幅より広く開き、つま先と膝を同じ方向に向ける。股関節から腰を落とし、内ももが伸ばされる感覚を保ったまま、内ももで床を寄せるように立ち上がる。
よくあるエラー
- 膝が内に入る、またはつま先より外に開きすぎる
- 腰が反って骨盤が前傾しすぎる
- 立ち上がりで前ももだけを使う
指導ポイント 膝とつま先の向きを常に一致させる。下ろす局面をゆっくり行い、内ももが伸ばされながら支えている感覚を作る。立ち上がりは「床を内側に寄せる」イメージを伝える。
まとめ
「内ももが使えない」の正体は「閉じる力の不足」ではなく、内転筋が骨盤を支える役割を果たせていない状態です。
挟む運動を増やすことより先に、
- 片脚立位とスクワットで、内外の協調と肢位の偏りを評価する
- 股関節を中間位に戻し、腹圧と協調させながら内側の収縮を感じる
- 外側と同時に働かせてから、荷重動作へ統合する
この順序を守ることで、改善は再現性を持ちます。
閉じる前に支える。鍛える前に肢位。
これが内転筋機能改善の本質です。
最後に
内転筋群を「骨盤を支える筋」として見ると、殿筋・腸腰筋・骨盤底筋とのつながりが見えてきます。股関節は一つの筋ではなく、前後・左右・上下の筋が協調して初めて安定します。
内ももだけを見るのではなく、骨盤を支えるチームの一員として評価する。その視点が、指導の再現性を高めます。
動画ではここで紹介した3種目のエクササイズと、肢位別のアプローチを解説しています。
2010 Kinesiology of the Hip: A Focus on Muscular Actions Neumann DA
2014 Why adductor magnus muscle is large: the function based on muscle morphology in cadavers Takizawa M, et al.
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